痙攣性発声障害の記録

「痙攣性発声障害」について 治療記録01

この記事は痙攣性発声障害の治療の過程を残すために、2013年6月24日に当時運営していたブログに投稿したものを一部加筆・修正し、掲載しています。

 

「痙攣性発声障害」と診断された日

先日、2013年6月22日。

仕事を休ませてもらい、とあるクリニックへ行ってきました。

そこで私は痙攣性発声障害と診断されました。

初めて聞いた方が多いのではないかと思います。まだこの症状はあまり知られていません。

そんな症状に自分がなってしまったので、どうせなら皆さんに知っていただきたいと思い、ブログに記すことにしました。

専門的なことはあまり書かず、私が調べたこと、先生から聞いたこと、体験したこと、この症状によって感じてきたことなどを書きたいと思います。

ちなみに、明日紹介された病院に行き、検診をして問題がなければ、来月か再来月に手術を受けます。

もし受けることになれば、そちらもまたブログに書きたいと思います。

 

「痙攣性発声障害」ってどんな症状?

痙攣性発声障害とは、簡単に言うと声が出にくくなる症状です。

原因は心因的なこと、変な声の出し方をし続けることなどがあると考えられているようですが、

発症後は声帯の異常な動きによって声が出にくくなります。

話そうとすると息が詰まって喉が絞まるような感じがして声が出なくなるタイプと、

声が震えてしまうタイプの二つがあるようです。もしかしたら他もあるかもですが、前者の方が多いみたいですね。

 

やっかいなのが、普段は声が出るのに仕事中に声が出ない、など

何の違和感もなく声が出る時と症状により出ない時の両方があるので、

実際に声が出にくいところを見てもらっていたりしないと理解してもらえにくい現状があります。

後述しますが、このクリニックに行き着くまでに耳鼻咽喉科と二か所の心療内科、計三か所の病院でこの症状を診てもらいましたが、

「今は普通に声が出ているから大丈夫だと思うけどね」と言われてしまいました……。

病院の先生にもそう言われてしまうくらいですし、普通に声が出る時もあるので、周りの友達にもうまく説明ができませんでした。

 

症状により日常生活にも支障が

私が痙攣性発声障害の症状を発症したのは大学生の時でした。

その中で特に症状が酷かったシチュエーションは、

  • アルバイトでの電話対応
  • 「ありがとうございます」「いらっしゃいませ」「お世話になります」などの決まってよく使うフレーズ
  • スポーツ中などに少し大きめの声を出す時
  • お店での注文

などで、第一声が出ず、喉が絞まり、そのあとの言葉を続けることが困難でした。

無理に話し続けると喉に力が入り過ぎ、その上話す時に息が上手くできないので嗚咽も出る時がありました。

 

声が出にくいシチュエーションは個人差があり、常に声が出にくい人もいるようです。

 

症状の出始め

初めて症状が出たのは、大学一年生でアルバイトを始めて数か月の時でした。

スーパーのレジでのアルバイトでした。

もともと声が少し低い私ですが、「なるべく明るく大きな声で」と社員さんに教わり、

意識して普段は出さない少し高い声を出し続けた結果、第一声が出辛くなり、その後更に声が出なくなりました。

 

まずここで私は耳鼻咽喉科へ行きました。喉が調子悪いのかな、と思ったのです。

声の異常を感じてから初めての病院です。

鼻からカメラを通し、喉を見た結果、

「特に異常はないので、心因的なものでしょう。心療内科への通院を勧めます」

と言われました。

この「痙攣性発声障害」はあまり知られておらず、医者でも知らない方が多く、心療内科や精神科へまわされてしまう患者さんも多いそうです。

 

でも、その当時大学生活も楽しくて悩みもなかった自分は精神的なものが原因と言われても納得できず、

バイトも続けられず通院するお金もなかったので、心療内科へはその後行きませんでした。

しかし、ポジティブだった私も声が出なくなったことでかなりメンタルをやられてしまいました(笑)

 

原因がわからず不安で落ち込む日々

声の不自由には大学4年間そして現在(執筆当時)まで悩まされ続けてきました。

比較的症状がマシな時期もありましたが、そんな時も「声が出ないかもしれない」という不安が常にありました。

好きなカラオケに行っても、楽しむ気持ちよりもまず声が出るか不安なことの方が多く、出ない日は酷く落ち込みました。

 

「話すという当たり前のことができない」という思いが強くなり、自分が欠落人間なような気がしてきて、

何事にも自信がなくなり、その反面、立派になりたい、頼れる人になりたい、頼ってほしい、更にその反面、助けてほしい、拠り所がほしい……と思ったり、

感情が上がったり下がったりを繰り返し、発症してから自分で自分を潰し続けていたような気がします(´・ω・`)

 

みなさんにも想像してみてほしいです。

今まで意図した通りにできていたことができなくなったら。

目が見える時と見えない時があったら。

聞こうと思った時だけ耳が聞こえなくなったら。

右を向こうとしても勝手に左を向いてしまったら。

大げさな例えかもしれませんが、まさにそんな感じなんです。

できていたことが、思い通りにできなくなってしまった。

 

そんなこんなで、結局すがる想いで心療内科に行くも、大学で新たに通い始めた心療内科はあまりいい思いはしませんでした。

「はっきりとは分からないけれど、おそらくストレスだろう」と言われ、薬を処方されましたがもちろんよくなるわけでもなく。

どんどん薬を強くしようとしていくので、怖くなって気付いたら行かなくなっていました。

現在(執筆当時)も通う、大学の終わりから通い始めた心療内科はまだマシで、

原因がわからないのは前の心療内科と同じでしたが、声が出なくなった時の焦りや不安感をなくす薬を処方してくれました。

声を出さないといけない時に出なくなると焦りで心臓がバクバクなので、これは本当に助かりました。

 

「痙攣性発声障害」と診断された時の様子

ここからは22日の初診のお話をしたいと思います。

診察時に行った内容は、

  • 高音・中音・低音の声を出して周波数やどれくらい息を吐いていられるかなどを測る
  • 症状を話す
  • 鼻からカメラを入れた状態で声を出して声帯の動きを見る

ちなみにこのカメラを入れたまま声を出した時は、声が詰まるような症状は出ず、比較的普通に声が出てました。

ちゃんとわかってくれるのかな……と心配だったのですが、さすが先生、

モニターに映る声帯の下に少し泡ができているのを先生が指さし、「これは声帯に力が入り過ぎている証拠です」と言われました。

こんな小さい情報から見つけるのかと感動しましたね!✨

 

こういうやりとりがあって痙攣性発声障害と診断されたあとは、どのような治療方法なのかを説明していただきました。

一応手術の映像も見せていただきましたが、グロすぎてくらっとしましたねwww

ある程度治療方法を調べてから来ていたので、手術を勧められたら受けるつもりでいました。

手術を受ける旨を伝え、他の病院への紹介状を書いてもらい、終了しました。

 

ちなみに今回お世話になったのは京都にある一色クリニックというところです。

今月で閉鎖になってしまうようです、非常に残念……

 

救われたのは、症状を受け入れてくれる人がいたこと

ずっとこの症状に悩んできた私ですが、本当に救われたのは

「まわりで理解してくれる人がいたこと」

1人でも2人でもいいんだと思います。

友人にたくさん心の面でも助けてもらいました、本当に感謝しています。

一番酷かった時期は、友人との会話も辛くて怖かったです。

誰とも喋りたくない、家から出たくないと本気で思っていた時期もありました。

それでも、全然気にしないから、といつもどおりに話してくれる友人がいました。

「一緒にうちで晩ご飯を食べよう」と誘ってくれて、そのあと自分がどんな変な声で喋ってもいつも通り話してくれたから、引きこもらずに済みました。

お店にご飯を食べに行った時、「声が出にくいんやったら注文変わりに言うよ」と自分の分も店員さんに注文してくれる友人がいた。

本人はなんとも思っていなかったかもしれませんが、店員さんに話かける時も声が出るか不安だった私はほっとしました。

上司も理解してくれ、手術までの日程もスムーズに決めることができました。

あとは検診が通るかどうかですね。

 

喉を切る手術に全く抵抗がないわけではないですが、それよりもやっと治るという希望が見えて、嬉しい気持ちの方が遥かに大きいです!

もし、手術することになれば、同じ立場の方に少しでも情報を提供できたらと思うので、また記事を書いていくつもりです。

みなさんのまわりでも、この症状の方がいるかもしれないです。

いないかもしれないですけど、「あーこんな人がいるんだなー」と頭の片隅にも置いておいて頂ければ(^ω^)

長くなりましたが、また進展があればこのブログに書き残していきます。

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